写真・文:澤村 徹
初代ノクチの復刻レンズ、LIGHT LENS LAB M NOCTILUCENT 50mm f/1.2 ASPH.がついに発売になった。発売前から周ノクチの愛称で呼ばれていた本レンズは、1966年に登場したNoctilux 50mmF1.2を忠実に再現している。まずは初代ノクチが何者なのか、ざっとおさらいしておこう。
Noctilux 50mmF1.2はノクティルックスシリーズの第1世代だ。1966年に当時のもっとも明るい純正ライカMマウントレンズとして登場した。時代的には1960年のフォトキナでキヤノンがCanon 50mmF0.95を発表し、全世界的に大口径標準レンズに注目とニーズが集まっていた。ライカの独壇場であるレンジファインダー市場に、突如日本のメーカーがF0.95の標準レンズを発表したのだ。ライカ社の驚きは相当のものだろう。乗り遅れてなるものかと登場したのが初代ノクチである。
初代ノクチは民生用写真レンズとして世界初の非球面レンズを採用している。しかも熟練した職人の手作業で成形され、ライカユーザーの間では手磨き非球面と呼ばれてきた。製造期間は10年ほどだが、手作業の工程があるためか、生産数はとても少ないという。現在の中古相場は500万円とも700万円とも言われ、控えめに言ってレジェンドレンズだ。
さて、こうした超弩級の名レンズを復刻したのが周ノクチである。周八枚や周エルカンと同様、その復刻ぶりは徹底している。鏡胴やフードの造形は本家そっくり。カラーリングはアルミ鏡胴のブラックアルマイト、真鍮鏡胴のブラックペイントとシルバークローム、チタン鏡胴のチタンをラインアップする。
ガラス材も当時のものを再現している。初代ノクチは独自開発の高屈折ガラス「タイプ900403」が使われており、それを再現したガラス材を用いている。さらに製造工程においては、例の手磨き非球面レンズを実際に手磨きで製造したという。周ノクチの事前情報が出てきた頃からこの点が気になっていた。非球面レンズは当然再現してくるだろうが、まさか手磨き工程まで再現するとは。LIGHT LENS LABの過剰なまでのこだわりが伝わってくる。
描写について見ていこう。さすがに初代ノクチと周ノクチを撮り比べすることは叶わない。初代ノクチを使ったことのある人たちからヒヤリングし、その意見から総合的に判断してみた。初代ノクチは個体差が大きいという意見が多く、結果、手放してしまったという話をよく耳にした。光学的には4群6枚のオーソドックスなダイブガウス型を採用し、最前面と最後面に研削非球面レンズを用いている。これで球面収差やコマ収差を抑えているという。これらの情報を考え合わせると、クセ玉の類いと推測が立つ。手放してしまったという話からハンドリングの難しいクセ玉という印象を受けるが、果たしてどうだろう。
[ Leica M11 + LIGHT LENS LAB M NOCTILUCENT 50mm f/1.2 ASPH. 絞り優先AE F1.2 1/10000秒 -0.67EV ISO64 AWB RAW ]
駅の出口から正面のフェリーにピントを合わせる。駅の通路がなだらかな前ボケと化す。
実写してみると、たしかにクセ玉だ。しかし、思ったほどではない。非球面レンズの採用が大口径ダブルガウスの弱点をうまくフォローしている印象を受けた。開放F1.2は柔らかいものの、けっして過度に滲むことはない。後ボケはぐるぐるボケの気配を感じさせつつも、ギリギリのところで持ち堪えている。個体差が大きいという逸話から相当クセが強いのかと覚悟していたが、けっして像が破綻するような写りではない。
[ Leica M11 + LIGHT LENS LAB M NOCTILUCENT 50mm f/1.2 ASPH. 絞り優先AE F1.2 1/3200秒 ISO64 AWB RAW ]
開放だと周辺部の描写は甘い。それを逆手に取り、早咲きの桜をやさしく捉える。ぐるぐるボケはさほどきつくないが、オールドレンズっぽいボケ方だ。
ただし、周辺描写は1960年代のレンズっぽい写りだった。開放だと周辺結像が甘く、絞り込んでも像がズレたような写りになる場面が見受けられた。レンジファインダー用のレンズということも含め、レンズの中心をメインに使っていくのがいいだろう。
周ノクチを使っていて思ったのは、底の知れないレンズだなあということ。それなりに使い込んだつもりだが、このレンズで撮りに出るたびにはじめての顔を見せるのだ。撮影を重ねるたびに本家初代ノクチとの差異なんてどうでもよくなって、なんとかこのレンズを御してやるとムキになっている。周ノクチがおもしろい大口径レンズであることはまちがいない。