はじめまして、齋藤千歳です。焦点工房さんのWEBでも紹介いただいておりますが、北海道・千歳市を拠点にAmazon Kindle電子書籍「レンズデータベース」シリーズなどを出版しています。
実は新しいレンズやカメラをみると、解像力、ぼけディスク、周辺光量落ち、最短撮影距離と最大撮影倍率といったチャートを撮影したくなる性癖があるのです。
「レンズデータベース」や「レンズラボ」シリーズは、これらの実写チャートや実写作例をまとめた電子書籍になっています。
月に数本のレンズのチャートと実写作例の撮影をこなし電子書籍を出版する生活を数年続けているので、現在のところ100本程度のレンズのチャートを撮影しているはずです。今年は月5本前後までペースがアップしているので、だいたい年間で60本前後のレンズの実写とチャートをチェックしています。
今回、紹介する「中一光学 SPEEDMASTER 50mm F0.95 III」についても 『中一光学 ZHONG YI OPTICS SPEEDMASTER 50mm F0.95 III レンズデータベース』 を出版済みです。
レンズ外観の大部分が金属製の質感の高いレンズです。所有欲も十分に満たしてくれます。質量は約770gです。
解像力チャートなどを撮影するのが好きというと、多くの方が、このSPEEDMASTER 50mm F0.95 IIIのような「開放F値が非常に明るく、開放時に発生するソフトや各種収差を楽しむようなレンズは嫌いなのでしょ」といわれることがあります。実際のところ、私はそういうレンズこそ、各絞りでの解像力の変化や周辺光量落ちの影響、ぼけの形の変化などをしっかり把握して撮影したいと思うので「大好物」です。今回も各種チャートを撮影するのが楽しみで仕方ありませんでした。
『中一光学 ZHONG YI OPTICS SPEEDMASTER 50mm F0.95 III レンズデータベース』 から抜粋した開放F0.95とF2.8の解像力チャートの撮影結果。
SPEEDMASTER 50mm F0.95 IIIのようなぼけの美しさと開放F値の明るさを楽しむタイプのレンズは、開放から絞っていくと球面収差などの影響で発生する紗のかかったようなソフトフォーカス的な描写から画面全体にシャープでカッチリとした描写に変化していきます。このなかで自分が表現したい描写を可能にする絞り値を把握して、的確に設定する必要があります。
絞り開放のF0.95では、チャートをみるとわかるように中央部分も含めて紗のかかったようなソフト描写になっており、周辺部分は光量落ちや各種収差の影響もあり解像力はかなり低い独特の描写が楽しめます。ここからF2.8あたりまで絞っていくと、中心付近からまるで霧が晴れていくように画面内のシャープな面積が増えていくようなイメージで解像感がアップしていきます。F2.8以降も絞るほどに画面全体のシャープネスは増しF8.0前後が、本レンズの画面全体のシャープネスのピークと推測されます。しかし、F8.0まで絞ってしまうと画面全体のシャープネスは高くなるものの、SPEEDMASTER 50mm F0.95 IIIの非凡さはなりを潜め、平凡な50mm単焦点レンズといった描写です。レンズの個性を引き出して使うなら開放からF2.8のなかで、どこのメイン被写体を配置するかも含めて検討しましょう。
撮影した実写チャートの結果を元に、こちらの記事では実写作例を見ていただきながら解説をしていきます。
開放F0.95で中心部分の左上にある花に拡大表示でピントを合わせて撮影しました。あまりのぼけの量に圧倒されます。
開放のF0.95とF5.6の同一条件でツバキを撮影しました。
実際の比較作例をみてもらっても、開放のF0.95とF5.6の絞り値の違いだけで、ここまで写真の印象が異なるレンズも珍しいといえます。レンズの光学性能という意味ではF5.6まで絞ったほうが高性能といえるでしょう。しかし、F5.6の作例の描写が手に入れたくてSPEEDMASTER 50mm F0.95 IIIを購入する人はかなりの少数派だと思います。開放付近の独特の描写が楽しみたくて本レンズを購入する方が大部分でしょうし、私にとっても開放付近の描写が圧倒的に魅力的です。
個人的は画面全体に紗のかかったような開放から、中心部分は十分にシャープですが周辺部はまだ独特のソフト感が残るF2.8当たりまでの絞りから撮影条件と撮影意図に合う絞りを探し出していくのが、このレンズの最大の魅力だと感じています。最近では動画撮影に配慮して音が発生しないように解説されることが多いですが、SPEEDMASTER 50mm F0.95 IIIの絞り環がクリックなしの無段階タイプになっているのは、自分好みの微妙な絞りを探せるようにという設計者の配慮といえるでしょう。
にじむような被写体が光っているような開放付近の描写が魅力です。
開放付近の紗のかかったようなソフトな描写が表現としてほしいか、好みに合うかといった部分がSPEEDMASTER 50mm F0.95 IIIを購入するか否かの大きな要素ですが、ほかの部分も解説していきます。
周辺光量落ちについては、期待したほど発生しません。開放F0.95の非常に明るいレンズですが、フィルター径67mm、レンズサイズは約Φ73mm×88mmと比較的コンパクトなので盛大に周辺光量落ちが発生すると予測していたのですが、開放とF1.4あたりまではしっかりと、F2.0まで絞ると早々に目立たなくなり、F4.0では気にならないレベルになります。マウント部に電子接点もなく、カメラと情報をやりとりしてカメラ側でデジタル補正することもできないので純粋に光学性能が高いということなのでしょう。SPEEDMASTER 50mm F0.95 IIIでの絞り開放付近の撮影では、その独特の描写から被写体を画面の中心部分に配置することが多くなるでしょうから、周辺光量落ちは写真を見る人の視線をメイン被写体に誘導し注目させるプラスの効果として働くことが多いでしょう。周辺光量落ちがマイナスに働くシーンでは、RAW画像も撮影しておき、RAW現像時の補正などで対処することをおすすめします。
開放F0.95とF2.0の比較作例になります。
開放F0.95とF2.0の作例はほぼ最短撮影距離で撮影しています。SPEEDMASTER 50mm F0.95 IIIの最短撮影距離は約50cmで、最大撮影倍率は非公開です。50mmの単焦点レンズにおける最短撮影距離はフィルム一眼レフ時代から約45cmが非常に一般的といえます。また、その際に最大撮影倍率はだいたい0.15倍前後です。50mmのマクロレンズが売れなくなるから、わざと最短撮影距離を長くしているに違いないなんてことをいう人がいたくらい、50mm標準単焦点レンズは寄れないレンズだったのですが、本レンズはその基準よりも、さらに寄れないレンズといえます。あまり近接撮影に強いとはいえないでしょう。ただし、開放F0.95での最短撮影距離50cmの近接撮影の際の被写界深度は約5mmです。これがもし30cmまで寄れると被写界深度は2mmを切るのでまともにピント合わせができるか不安になります。被写界深度を考慮すると最短撮影距離は50cmで十分といえるのかもしれません。
最後にSPEEDMASTER 50mm F0.95 IIIのキモともいえるぼけです。意図されたものなのでしょうが、玉ぼけに同心円状のシワが現れる玉ネギぼけの原因になる非球面レンズを使わない素直なレンズ設計のためか、ぼけの描写傾向も素直といえます。収差による玉ぼけのフチへの色付きと、球面収差などが原因と推察されるぼけディスクチャートがフラットな円ではなく、グラデーションのある半球のように描写される部分はありますが、大きく美しいぼけが楽しめます。
ぼけについて気なったのは、描写よりも無段階タイプの絞りを採用しているためなのか? 開放のF0.95以外では絞り羽根の形が意外に目立つことです。11枚羽根のぜいたくな絞りを採用しているので、この点が改善されるとうれしく思います。ほかのレンズに比べて、自分好みの微妙な絞り値を無段階タイプの絞りリングを使って探し出すのが、SPEEDMASTER 50mm F0.95 IIIを使う醍醐味(だいごみ)のひとつといえるので、ほかのレンズであれば、許せるレベルのぼけの形のカクツキが気になるのです。
ほぼ人物サイズのひょっとこの人形をポートレートっぽく撮影しました。作例のため、わかりやすく開放F0.95を選択していますが、画面中央部のシャープネスを上げるのに少し絞ったほうか印象的かもしれません。
SPEEDMASTER 50mm F0.95 IIIはF5.6やF8.0と絞れば、画面全体をそれなりに高い解像力で描写できます。しかし、このレンズの最大の魅力は絞り開放からの画面全体に紗のかかったようなソフト描写がわずかに絞ることによって、中心から霧が晴れるようにシャープになっていくあたりの独特の描写です。無段階タイプの絞りで、撮影条件、撮影意図に合わせて開放のF0.95からF2.0、F2.8あたりまでの微妙な描写のなかから、自分なりの表現を確立できれば、SPEEDMASTER 50mm F0.95 IIIはほかの50mm標準単焦点レンズに変えることのできない1本になるでしょう。特に露出補正との組み合わせで発生する、にじむような、輝くような描写は女性ポートレートを撮影する方などにとっては、ほかの方法では再現できない、本レンズならでは魅力的な描写といえるでしょう。
初心者がはじめて購入する50mmの入門単焦点としておすすめはできませんが、純正レンズなどとは違った表現を求める2本目の50mm標準単焦点レンズとしては、その個性を理解して撮影できる中級者以降におすすめしたい個性的なレンズです。