写真・文:大門 美奈
自身のスタイルにはどのレンズの焦点距離が合うか、というのは実際使ってみないと分からないものである。今回、焦点工房で扱う「銘匠光学 TTArtisan AF 75mm f/2」がLマウントに対応したとのことで試用することになった。が、この75mmはわたしの不得手とする焦点距離。以前他メーカーの75mmと90mmのレンズを使用した際、90mmはすんなりとファインダーの先に広がる世界に入り込めたのに対し、75mmではどうも距離感がつかみづらく、苦手意識があったのだ。 このレンズを使うボディは決めていた。先日導入したばかりのライカ SL3-Sだ。M型レンズにも最適化されたカバーガラスが採用されているということで、そのぶんレンズの特性が出やすいのではないかと考えたのが理由である。実際に装着してみると見た目は上々、質感も悪くない。絞りリングの質感は好みが分かれるところだが、実売価格を考えれば気にならない範囲、と言えよう。
が、ここで問題が発生した。ライカ SL3-Sでは TTArtisan AF 75mm f/2 を認識しないのだ。最新のファームウェアを送ってもらい事なきを得たが、ライカ SL3やSIGMA fpなどと比較すると、AFのスピードはややのんびりとした印象というのは否めない。この問題に関しては現在メーカー側が最適化したファームウェアの更新を急いでいるとのこと。ちなみにライカ SL3やSIGMA fpではAF速度問題なくピタっと決まる。次のファームウェアを期待したいところである。
そんなことがあったため、なんとなく気分が盛り下がったまま、数日デスクの上に置いていたのだが、先ほども触れたとおり、見た目はいいのである。しかも小型軽量。いつまでも眺めていても仕方がない。「そろそろ持ち出してみるか」と桜が満開になったタイミングで持ち出すことにした。ライカ SL3-Sの堅牢なボディは巨大なレンズをしっかりと受け止める力はもちろんあるが、TTArtisan AF 75mm f/2 のような軽やかなレンズを装着すると気軽に持ち出す気になれるというもの。ライカ SL系は仕事で使用することがほとんどだが、このレンズとの組み合わせならちょっとしたお散歩にも手に取りやすい。
最短撮影距離は75cmということもあって、道端の花に近づくことは難しいものの、少し離れて桜を写すには問題のない距離。川面へ伸びる枝先に咲く桜にピントを合わせてまずは一枚。周辺部分の二線ボケが多少気になるところではあるものの、水面に浮かぶ花びらも硬質ながらほどよいボケでいやらしさを感じさせない。ライカ SL3-Sのためもあるだろうが、比較的すっきりとした写りである。
すっかりギャラリーに長居してしまい、目黒方面へ向かうとあたたかな西陽が射し込んできた。この日は風も強く、波立った水面には花びらがひらひらと舞い落ちる。花筏と呼ぶにはまだ早いものの、河岸も川面も淡い紅色に染まるこのタイミングはベストだったのかもしれない。欄干の間からレンズの先を出せるのも62mmという比較的口径の小さなレンズだからできること。色味が均一な場面だったので平面的な描写になるのではと思っていたが、自然な立体感の表現に好感が持てる。
桜を撮影した際もそうだったが、春先は風が強い。わたしの住む海沿いの街はとくにそれが顕著で、早朝の浜へ出かけると美しい砂紋が楽しめる。この写真に関しては模様を際立たせるためにややコントラストを上げているが、それにしてもクセのない写りだ。レンズに個性がありすぎるとそこに頼ってしまうこともあるが、この TTArtisan AF 75mm f/2 は、さらりとした写りだからこそ被写体を選ばず撮ることができるのだろう。
水族館での一枚。ペンギンが素早く水中を回遊すると水槽内の水が攪拌され、細かい気泡が水面へと向かってゆく。その様子がなんとも美しく、レンズを向けた。なんのことはない、単に雰囲気を写しただけの写真ではあるが、生物のような水のうごめきを感じて好きな写真である。
打ち合わせへ行く途中にたまたま出合った光景。黄色い布はおそらくゴミの集積所のカラス避けカバーなのだろうが、軒先から顔を出す新緑が影を落とし、わたしにとっては完璧なバランスだったのだ。素直な写りというのはこのような場面でこそ本領を発揮するのかもしれないな、と思ったりする。美しいものを美しく写し撮るのはあまり苦労はしないが、一般的にそうとは言い難い被写体の場合、「ごく普通に」写してくれるこのレンズというのは使い勝手がいいものだ。
ゴールデンウィーク初日の朝、再びいつもの浜に向かう。この時期は黄砂やら花粉の影響やらで空が霞んでいることが多いが、この日はなんとか富士山が顔を出してくれた。波は凪いでいたためサーファーの姿はなかったが、釣りを楽しむ人間はちらほら。昼はバーベキューをするのだろうか、早くもタープを設置しているカップルの姿も見えた。続々とやってくる親子連れも早くから浜でのんびりしに来たのだろう。観光地であるわけでもなく、なにか特徴があるわけでもないが、日常を楽しむには十分。そう、日常を過ごすにはもってこいの浜なのだ。
約一ヶ月間、様々な場面で TTArtisan AF 75mm f/2 を使用してみたが、軽量でコンパクト、かつF2という明るさながら非常に安価な価格設定ということで手に取りやすいレンズである。絞り開放付近の周辺光量落ちやわずかな二線ボケなど、描写に気にならない部分がないわけではないが、日常的に使用するのであれば必要十分。手頃な価格帯ながら絞りリングがあるのも嬉しい限り。まずは中望遠レンズの入り口として使ってみたいという方におすすめのレンズだ。
横浜出身、茅ヶ崎在住。作家活動のほかアパレルブランド等とのコラボレーション、またカメラメーカー・ショップ主催の講座・イベント等の講師、雑誌・WEBマガジンなどへの寄稿を行っている。個展・グループ展多数開催。代表作に「浜」・「新ばし」、同じく写真集に「浜」(赤々舎)など。